研究概要

 
 

活性酸素などのフリーラジカルは癌や血管障害をはじめとする生活習慣病、老化の誘引物質としても知られ、薬学研究分野で盛んに研究されている。当研究室では、環境中に存在する化学物質の生体内におけるフリーラジカルの生成機構やこれらフリーラジカルによる発癌や難治性炎症疾患等の発症のメカニズムとその予防薬学的研究を行なっている。さらに、環境水中微生物は器物への付着、凝集、さらにはバイオフィルムの形成により存在しているが、共存有機物などの影響により殺菌剤の効果が大きく異なることが知られている。微生物の生息環境や曝露条件の違いによる殺菌作用への影響にについて検討しており、環境水の殺菌効率化を目指している。これらの研究を行うにあたり、衛生薬学、環境生物学はもとより、細胞生物学、分子生物学、病態病理学、分析化学、物理化学など学際的手法を駆使して行っており、これが予防薬学研究の大きな特徴でもある。

研究テーマ

 基本的には以下の5つのテーマに大別される。

1.    ヒ素化合物の発癌機序の機構解明

2.   ヒト尿中のヒ素化学形態別分析による発癌リスク評価

3.   酸化ストレスに起因する疾病発症機構の解明

4.   次亜塩素酸ならびにその副生成物であるクロラミン類の生体影響評価

5.   バイオフィルムの除去および生成阻害機構の解明

研究内容の概要

研究テーマ1および2

活性酸素などのフリーラジカルは癌や血管障害をはじめとする生活習慣病、老化の誘引物質としても知られ、薬学研究分野で盛んに研究されている。本研究室では、環境中に存在する化学物質の生体内におけるフリーラジカルの生成機構やこれらフリーラジカルによる発がん等の疾病発症のメカニズムとその予防薬学的研究を行なっている。特に、無機ヒ素化合物は古くからヒトに対する発癌性が強く疑われており、2004年に国際癌研究機構(International Agency for Research on Cancer)によってヒ素の曝露と癌発生の因果関係に関する多くの疫学的調査結果がまとめられ、無機ヒ素がヒトの皮膚、肺ならびに腎臓に対する発癌物質であると結論づけられた。しかしながら、多くの研究者の努力にもかかわらず、動物実験レベルでの発癌性が十分証明されない稀少な例であり、さらに、無機ヒ素の遺伝子傷害性評価においても、不明確な部分が多く残されており、その解明が待たれてきた。一方、日本の水道水においてはヒ素汚染はほとんど問題とはなっていないが、ヒ素汚染の拡大による健康被害は近年世界的に拡大の一途をたどり、特にインド、バングラディシュ、中国などアジアでの深刻な被害が問題となっている。世界的にはヒ素汚染地下水を飲用している人口は数千万人以上にものぼり、癌を含めたヒ素疾患患者数は実に数百万人に及ぶという。従って、ヒ素の健康影響、特に発癌性と遺伝子傷害性の再評価が必要かつ重要課題となっており、欧米においても近年緊急の研究課題としてとりあげられている。このような状況下、当研究ユニットはこれまでにヒ素化合物の遺伝子傷害・発癌機構を解明するために、元来無機ヒ素の解毒的代謝機構と考えられてきたメチル化代謝機構の関与に着目しての新規性の高い、ユニークな研究を行ってきた。すなわち、無機ヒ素のみならず、そのメチル化代謝過程で生ずるメチルヒ素化合物の作用も併せて検討したところ、ヒ素の遺伝子傷害発現は無機ヒ素よりも、むしろその主要代謝物であり、かつ急性毒性軽減に作用すると考えられてきたジメチルヒ素に起因することを明らかにしてきた。その研究成果は現在広く受け入られるとともに、これに基づいて、メチル化ヒ素に着目するヒ素発癌研究が近年国際的に活発に行われるようになってきている。今後は、上記研究テーマ(1および2)を中心に研究展開していく予定である。

研究テーマ3および4

大腸癌(colorectal cancer)の罹患者数は我が国において近年急増しており、平成17年現在約21万人の患者が存在し、女性の癌の部位別死因において第1位と報告されている。大腸癌の発症には、家族性大腸腺腫瘍症や遺伝性非腺腫性大腸癌などの遺伝的要因と生活習慣などの環境的要因が関与しており、遺伝性の大腸癌を除く約9割の大腸癌は食生活の欧米化などの環境要因によるものであると考えられるが、詳しい原因機序についてはいまだ明らかではない。本研究室では、これまでに食肉中に多く含有するクレアチニンの投与によりメチルアミンの糞中排泄が増加し、大腸粘膜炎症時に遊走化した好中球から生ずる次亜塩素酸(HOCl)との反応によりメチルアミンジクロラミン(CH3NCl2)が生成し、このCH3NCl2が大腸炎増悪の一因である可能性を明らかにしてきた。さらに、疫学調査において食生活の欧米化は大腸癌の危険因子であることが指摘されており、食肉成分であるクレアチニンによる大腸内でのCH3NCl2の生成が大腸炎の増悪のみならず大腸癌にも関与していることが推察される。そこで、大腸発癌initiatorとしてアゾキシメタン(AOM)を投与した後、発癌promotorとしてデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を投与するマウス大腸発癌実験モデルを用い、クレアチニンの同時投与による大腸癌promotionの増強作用について検討した結果、クレアチニン摂取による大腸内CH3NCl2生成の増加が大腸癌promotion作用を増大させることを見いだした。今後、更なる発癌試験を計画しており、生体内で生ずるクロラミン類の発癌への寄与を明らかにしていく予定である。

研究テーマ5

オゾン(O3)と塩素(Cl2)はいずれも強い酸化力を持つことから水の殺菌消毒に用いられている。わが国やアメリカ合衆国の水道では、長年にわたって塩素による消毒が行われてきたが、近年、塩素耐性の大きいクリプトスポリジウムやジアルジアなどの原虫シストによる発症例が増加し、不活化効果の高いオゾンの導入が検討されている。しかし、オゾンの作用濃度の迅速正確な測定は難しいことから、オゾンによる消毒殺菌効果の適切な評価を行うには、今までに積み重ねられてきた塩素による殺菌効果との比較が有効と考えられている。塩素やオゾンによる殺菌効果は、微生物の種による抵抗性の違いだけでなく、実際にはそれぞれの微生物が環境水中で器物に付着しているか、凝集しているか、さらにはバイオフィルムを形成しているかなどで大きく異なり、さらには試験水の有機物含量などによっても殺菌効果は異なることが指摘されている。そこで塩素とオゾンの殺菌消毒作用の比較を行っている論文を中心に検索し、生息環境や曝露条件の違いによる殺菌作用への影響に注目して調査した。また検索により得られた文献の中には、塩素とオゾンだけでなく同時にクロラミン、二酸化塩素、紫外線、もしくは過酸化水素との比較を行っている報告に加えてそれらの併用による相乗効果などについて検討しているものもあり、本研究室においても環境水の殺菌効率化を目指して検討を進める予定である。